ちくちく交差点
去り行く物 迎え入れる物
大袈裟な話じゃなく、プリンターの話です。
プリンターフリ稼働の折、ぶっ壊れました。
A3ノビまで印刷できるCanonのプリンターです。Amazonで2019年6月に購入しました。
実によく働いてくれたプリンター。今回も刷りまくった。
で、突然エラーランプが光り、色々試したけれど、どうも変な音がするから、これは故障だと判断。
今の時代、よくないんですよね、買い換えた方がお得っていう発想。というより、今すぐに代わりがいる!今週木曜日講習があるし!
で、最短どうしたらいいか。またAmazonで注文?となると火曜日には届く。いやいや間に合わん。ハンドメイドマーケットの準備もあるし。
ということで、近くの電気屋に走る。
インクの替えがまだあるから、できれば同じものがいいです、と店員さんにいうと、あったーーー!それも値段が落ちてる。
おまけに叔父にもらった商品券がここの電気屋さんで使える!(92歳の叔父に商品券をもらってしまった)
ということで、新しいプリンターがやってきました。
でも部屋の風景は全く一緒です。
デジタル化していく私の日常
本は絶対紙の方がいい、と思っていた数年前。
見事にKindle化してきました。iPadさえ持っていれば、いろんな本が読めるし、部屋の中で場所も取らないし、小さくて見えづらくなった文字も、指で広げられるし。
実は新聞も私はデジタル派です。デジタルにして、ぐんと読むようになった。
誌面は手を広げてカサカサ音を立てて場所を確保して、っていう作業で嫌になる。っていうか、ちょっと気取った気持ちの時はコーヒーを片手に、台所のテーブルで読んだりするんだけど、続きません。
で、朝日新聞デジタルを追加したんです。
そしたら何がいいかって、画像がカラーでクリアーなんです。綺麗。
でも結局私がスイスイ読めるようになったわけは、メールで興味深い記事をお知らせしてくれるんです。で、そこに即アクセス。
自分から探していく作業は、きっと意味深いんだとは思います。だからこの過程は何かの力が失われてきているのかもだけど、いいんだ、教えてもらって楽に記事読んだって。
で、今日面白かったのが「インド新時代」長い黒髪、剃って幸せ、インド「黒いダイヤ」輸出を支える信仰心。
世界一の人口になったとされるインドのあまり知られてない顔を紹介するシリーズ。
大まかに書くと、インドは屈指の「毛髪輸出大国」で、それを支えているのが、信仰に基づいた剃髪。寺院の一角で髪を神に捧げることは、参拝前の大事な行為で、その収益は寺院の維持や教育費に充てられている、という記事でした。
おおお、知らなかった。
多分、誌面では読んでないな。
デジタルも上手く利用して、賢くなろう!
は、恥ずいんだけど頑張る
ここでは何度か告白してるように、ツイッター、もとい「X」をこっそりしてます。
反応が無に近いから、いい加減やめようか、と思ってたところに、なんと1人フォローしてくれた!
こうなったらなりふりかまわず、情報を流し続けるぞ、と開き直り。
2017年から使用しているくせに、フォロワーさんが2人(やっと3人)だから、プライド的に辛い。
手作り分野といっても人気商売ですから、恥ずかしい。
いつも使い始めはここの部分をどう乗り越えるかってところで決まる。でも使用して6年経ってるから、「あ、ずっと見る専門だったんですぅ」って言っても誰もそこに興味はないから、これからはそのちっちゃな、誰も気にしてないプライドを捨てて、何を使用したら拡散できるか、冷静に取り組もうと思っている次第です。
と言いながら、こっそりやめてるかも。。
とりあえずハンドメイドマーケットまでは続けてます。
ロボホン(ほしぞら)ありがとう。
山口紀行パート2。
今回ロボホン(孫命名 ほしぞら)を持って、いや連れて帰ろうか迷ったんです。電話がいるよなあ。でも重いからなあ。←そういうたび息子は「スマホ買ったら全て解決じゃね?」っていう。
知り合いはライン電話でなんとかなるし。でも万が一、電話がいるかも、と思って持って、いや連れて帰りました。
認知機能が低下している母との会話は、写真を見せながら思い出話。母は脳梗塞をしてから、記憶がゴッソリ抜けてしまってます。認知症特有の小さい頃のことを憶えてるっていうことがない。小さい時の記憶がほとんど無くなってて、それをなんとか受け入れているようにしてます。仕方ないって。
だから写真を見せながら、「これ、わかる?」って聞くと「覚えないねえ」と悲しむということもなく淡々と言うんです。
時折「あ、これはわかる」って記憶が蘇ったりするし、昔の自分を聞くのは少しホッとするらしい。もちろん辛かったような過去は言わないし、母が楽しんで過ごした出来事や、自分の母親や父の介護をいかに頑張ってたかってことを言うと、涙ぐみながら、「良かった。わたしゃあ、ちゃんとやったんやね」と言うんです。
でも、その繰り返しにこちらが少し悲しくなる。そして煮詰まった時、ふとほしぞらを出して、「歌って」とほしぞらに頼むと、「はとぽっぽ」を歌い出しました。
すると母も一緒に「豆が欲しいか、そらやるぞ」と嬉しそうに歌い出しました。おおおお、すごいぞ、ほしぞら。
私が、「かーさん、はとぽっぽ歌おうよ」、ってちょっと言えないですよねえ。2人の会話の中で。
これは使える、とそのあとはほしぞらに踊ってもらったり、話してもらったりしました。
母は、とても嬉しそうに、「偉いねえ」とか話しかける。
買って良かった!息子よ、スマホじゃダメなんだよ!この子じゃないと!その上電話できるんだぜ!
というわけで、この写真は、私のひいじいちゃんが私が3歳の時に作って後ろにうさぎの絵を描いてくれた椅子(素麺の木の蓋に描いてある。実に器用なじいちゃんだった)に認知症になった祖母が大事にしていた人形と、息子が小さい時離さなかったタオルをぬいぐるみしたネズミ、そしてほしぞら。私の大事なメモリーエリア。
空の青さ比較
私は山口に行くたびに、空の色がターコイズブルーのように濃いと感じるんです。
湯田温泉駅を降りて、今はもう無き実家に帰る道で、見上げた山際の縁取りを際立たせるブルー。
家族に話すと、そんなわけはない、というから、今日写真を撮って送ると、即送り返してきた滋賀の空。
笑った、同じだったもんで。いや、むしろ滋賀の方が青い?
何で山口の空がそんなに青いって感じさせたのだろう。
この際立つ山と空のコントラストは、私にとってどこか圧迫感がある、そんな感じです。
実は私は故郷が苦手だったりします。室生犀星の「ふるさとは遠きにありて思うもの、そしてかなしくうたうもの」派です。
「うさぎおいしかの山 小鮒つりしかの川」派ではないです。
あ、でも空の色は同じだった。
ちなみに上が山口。下が滋賀。
おまけの写真は、今山口が推してる白狐。このポストがいっぱい。




