布絵本と布おもちゃの部屋
昨日は若者支援のwaiwaiスポットさんの活動日で大津まで行ってきました。
10時から開いているその部屋に、10時半くらいに常連の青年が顔を出してくれました。
この後バイトがあるから長くいられないけど、と言ってUSJのお土産を持ってきてくれました。
その後、USJの話を10分くらいして、じゃあ、またと言ってバイトに向かった青年。
USJで売ってるものって、可愛いキャラクターの缶入りだったりして結構高いんですよね。
入場料だけでもいい値段がするし、自分の推しキャラのものを買ったりするとどんどんお金が飛んでいくそんな中で、お土産を買ってきたいと思える場所があるって大切だなあって思いました。
そこがきっとその人の居場所なんだなあって思いました。
余談だけど、このチョコレートのお菓子をもらって「お、カービーだね」というと、「これ、マリオに出てくるキャラです」
・・・情報が更新されてない私。
昨日は2回目のぶらっと169ばんちさんでの「ハンドツリー」活動。
ハンドツリーとは、ぶらっとさんの中央にある木を季節のもので飾ろうっていう活動名称。
春は桜の花を作ってます。
小学生高学年のお子さんも作ってくれているという話を聞いて、「これこれ!こういうことを目指してたんです!」と叫んでしまいました。
もちろん強制ではなく、作りたくなったら作るっていう形なので、作りたくなったのね。嬉しいなあ。
その子が作った桜を持って帰りたくなったんですって。
その時のそばにいらしたお母様の対応も素敵。
「10個作ったら1個持って帰っていいよ」というルールを作られたんです。
私はよくボランティアの場所をセッティングして思うのですが、自分にも嬉しいことがないと続かないんじゃないかなあって感じます。
それは、喜んでくれる顔とか言葉とか、そいういものでもあるし、自分がそれで何か学んだりできたりすること。
その一つに10個作ったご褒美に一個記念に自分にあげる、っていうの、いいなあって思うんです。
部屋に自分の作った桜が咲く。
それをみながら、別の場所の桜を思う。
素敵だなあ。
針と糸で作ること、なんとなく縫っている時間と空間。
その時間、そこにいたいと思う気持ち。ただなんとなくそこに集まりませんか?といってもなかなか難しい。
そこで縫い合うということを最近特に考えてきているんですけど、いきなりみんなで作りましょう!といってもなかなか人は集まらないなあというのを、ちょっと感じてます。それはそれで全然オッケーなんですけど。
そういえば、昔地域を巻き込んで、児童館のおもちゃを作ろうというのを5回シリーズでやったことがあります。
赤ちゃん連れのママからご高齢の方まで、非固定性で来たい方が来る。参加したら、ここで覚えたことを家で作れるっていうおまけをつけました。
そしたらものすごく盛り上がって、異世代交流もバッチリで、講習が終わった後もクラブ的に残そう、という動きにまで発展。
おお、理想的な形になった!と喜んでいたんですけど、続かなかったんです。うまく運営できなかったようで。尻窄みになって消滅。
そして私の今の教室。
ここが一種の居場所的な役割になっているんですね。
お孫さんが大きくなって布絵本おもちゃがいらなくなっても来たい、文化教室ですから、講習料を払っても。
電車に乗って階段を登ってここにいらっしゃる。そういう日があることが大切なんだっておっしゃってました。
情報の交流も楽しい。ちょっとした愚痴も楽しい。他の方のお話も楽しい。
「家にいたらこんなに笑うことないんです」ってよくおっしゃいます。
近い場所じゃないのもいいのかもしれないです。でも近い場所だから必要だといこともある。
いろんな形の居場所を、今、体験しながら勉強しています。
昨日、ぶらっと169ばんちさんに顔を出してきました。
というのも、火曜日はハンドツリーの活動曜日なので誰か作ってらっしゃるかな、どこまで進んでいるかなって、激励も兼ねて。
10時はじまりなんですけど、11時過ぎに覗いてみました。
そしたら、がらーんとしたお部屋の中に、運営者のさきこさんお一人。
「お一人ですか?まだ誰も来てらっしゃらない?」とお聞きすると、「あ、こんなもんですよ」と笑っておっしゃいました。
あれからお花の数も増えることなく、そのまんまの状態。
でも、そのお花で、遊びに来た小さなお子さんが遊んでくれたみたいです。
それでいいんだ、と思います。
作りたいと思う時に作って、来たいなと思った時にきて、その時作らなくてもいい空間。
そして出来上がったもので、知らない時に小さなお子さんが遊ぶ。
そんな場所が「居場所」だと思います。
私が一緒に縫うのは3月の第一火曜日。それまでにまた火曜日覗いて、ちょっとイメージが湧く程度に縫っておこうかなあ。