布絵本と布おもちゃの部屋
10年前くらいにヤフオクで買いました。
いくらしたっけ?
もともとは2003年に人生ゲーム30周年記念で発売された商品で1万円で販売されてました。
ヤフオクでいくらで買ったか記憶にないけれど、それ以上出したよなあ。
もしかしたら2万円だったかも。
そろそろ双子が遊ぶかも、と出してみて、まだ袋から出してない綺麗なままの状態で、おーー、と見惚れてしまった。
そして欲が出てしまった。
箱の状態も良し、としたらこれ、このまま置いておいたら価値が出るんじゃない?
おもちゃは遊んでなんぼ、なんですけど、このおもちゃ、あまりに綺麗なのでこのまま眺めたい。
で、「あー、こんな価値があるんだあ」とニヤニヤしながら触っていたい。
売ることはないと思いけど、あー、大人ってやだねえ。
昨日はぶらっと169ばんちさんのカフェの日だったので、6月のハンドツリーの相談がてら顔を出してきました。
天気が良かったので、いつも火曜日にいらっしゃってるご高齢の女性の方(名前を覚えなくっちゃ)が家の周りのプランターのお世話をしてらっしゃいました。
さきこさんと前新緑の後、どうしようかという話をしてて、池の周りに花を咲かせようか?ということで、「菖蒲が紫陽花かしら」とさきこさんが提案されました。
私は紫陽花推し。
というのもたくさんの花びらを飾って集合体の花にするというイメージ。これだと自由度が高い。
お子さんたちがペタペタ貼って、オリジナルの紫陽花ができるわけです。
大きなのを一つ作ってもいいし、小さく2つにしてもいい。
家で考えていったサンプルを見せながらさきこさんに「さて、問題です。紫陽花の花びらは何枚でしょう?」と得意げに聞きました。
私が調べたときは、5枚が主流で4枚のもあるって出てきたので、それが答え、と思ってました。
さきこさん、早速ググる。
「あー、花びらと思ってたところ、ガクなのね。実際の花はこの小さいやつ。これは4枚?で額が5枚とか4枚とかあるらしいですよ」
私、勉強不足でした。あれ、ガクなんですねえ。ガクなのに、めちゃ花びらっぽい、紫陽花ったら!!!
旧Twitterも続かず、インスタのスレッドもアカウントは登録したけれど手が出せず。
でも拡散力は断然つぶやき系だな、と初めてスレッドに投稿してみました。
noteの記事のリンクです。
インスタはリンクできないんですよね。
もう知ってもらうためにはためらってる場合じゃない!と勇気を出して書いてみました。
だいたい、つぶやき系は短文でいいので、一番気楽なSNSかもしれないのに、私にとっては一番ハードルが高い。
文章は超短い。「noteに投稿しました」で、リンクを貼る。をやってみました。
スレッド、フォロワーさんは70人くらい。インスタをしていたら自然にフォローしてくださる。
私は今のところ誰もフォローしてません。
誰もフォローしてないのに、知らない方のつぶやきが流れる流れる。洪水のように流れる。
愚痴が結構多かった、気がする。
つ、疲れた。
だめだ、このsnsはやっぱり苦手だ。
と思い、アカウントは残したままで、iPadからアイコンを削除。
多分、初投稿が最後の投稿、かな。
メモリースティックが破損、という大事件が勃発。
20年間の制作データーが入っている大切なスティックなのに、ずっとパソコンに差しっぱなしにしてました。
昨日そこからデーターを取り出そうとしても、パソコンに表示されないとい事態に!
冷や汗生汗全ての汗が出まくり、いろんな解決法をネットでググり、なんとか復旧アプリに辿り着つき大切なデーターは復旧できることになりまして。
データーが大きすぎて、単純にポーンとファイルフォルダーがパソコンに移動できなくて、いちいち表示しながらいるかいらないかセレクトする作業が深夜まで続き、
朦朧としている中、超昔の写真がどんどん出てきました。
その中の2枚。
まだ講習を始めてまもない頃、隣の街まで自転車をこぐこと15分、時にはすごい荷物を持って行くんですけど、その極みがこれ。自転車のカゴに入りきれなくって、
私背負ったんです、自転車漕ぎながら!
自動車に乗った人やバイク乗った人に2度見されたことをよく覚えてます。
若かったなあ。体力気力とも平気だった頃のお話です。
再びnoteを書き始めました。
2年距離を置いていたと思う。しんどかった。snsの中でもこの場所は特に。
文章がコンセプトのsnsは、自分自身が一番出るので、評価がこないと一番凹むんです。
自分が否定されたみたいで。
でも書くことは好きだから、評価が見えないこの場所で書いてました。一年続いたかなあ。
そして最近、少しずつ書くことに真摯に向かい合えるようになりました。
その評価も受け止めながら書いていこう、という気持ちです。
ここにしても、noteにしても自分以外の人に読んでもらたいという思いなのだから、どこまで届いているのか知ることも大切かもしれないって。
何を届けたいかというと、「縫う」っていうことの力を伝えたいんです。
この辺りの表現も抽象的で伝わりにくいけど、縫うという行動?作業?を通じて、得られるもの、
そういう風景をたくさん見てきて経験したからこそ伝えたい。それが人生の中で生活の一つの力になる、と思うんだなあ。
みんなで縫うことで生まれる力、それを私は縫い合うって呼んでるんですけど、これからもそういう活動をしながら伝え続けたいんだなあ。
この文章、多分伝わりにくいですよね。熱が入りすぎてる気がする。
その辺りをnoteは教えてくれる。
またしんどくなって離れるかもしれないけれど。
そうそう、noteにはこんなアドバイスもあります。
まあ、それができるに越したことはないんだけどね。